もうダメだが

虚無感から逃げるためにとにかく今をしのぐブログ

最近

今年の春頃だったかに始めたスマホゲーに対する作業感がいよいよ高い。完全に作業。ファイアーエムブレムヒーローズというやつで、ゲームそのものは結構やりごたえあって面白いほうだと思う。ただプレイヤー側の俺そのものが虚無で、このゲームに限らずマジなにやっても響くものがなく、ちょっと絶望さえしている。とにかくゲームは悪くない。

いまこの文章を入力する行為がもう虚しい。「どーせ3日坊主にさえならんわ…3パラグラフ坊主がいいとこですわ…」と思いながらなおこうして入力を続けるわけは何なのか。わかりません。なんかやってないと精神が危ない。そのくせなにしても虚しい。なんで? 状況としてよく理解できないんだが? なんならちょっとムカつきさえするんだが? そこは入力行為に「やることある! 良かった! いやーホッとした楽しいなぁ」ってならないとおかしいのでは?

おかしくないらしく、絶賛虚無進行中で、予言通り3パラ坊主の兆しが感じられる。飽きてきました。飽きっていうか、虚しさに閾値的なパラメータがたぶんあってそれを越えるとゲームに限らずなんだろうと没頭できなくなる。こんなことやってる場合かって気持ちが溢れ、やりかけたままの勉強とか、うまく言えないんだけど実用的なことをしないといけないような気になる。

じゃあ勉強ばっかしてるかというとそうでもない。それはそれで「無職になった今さら前職で必要な勉強したって…」となって虚しい。なので結果的になにもしていない。何もしていないという事実が後ろめたいからそれを逃れるためにゲームとかすることが虚しく感じてしまうんだろうか。逆か? どっちでもいい。とにかく今をしのぎたい。

話題を変えます: 飯

西友の地元農家直売コーナーみたいなとこで、チョイ傷有り茄子が10本で200円。安すぎだろ。これは買うしか。と先日鼻息荒く買った茄子をまだ一本も使ってない。代わりにレトルトカレーばっか食っている。ナメすぎだろ。いや使う、今日の夕飯あたりでさすがに使う。とかおのれで誓っていたくせに気がつけばパウチを湯せんしていた。レトルトカレーが生活習慣化しつつある。

食ったのは、銀座カレーというオシャレトロなパッケージのやつ。これが結構おいしい。税込み170円くらいするのがネックだが、もうワンランク価格帯を下げるといきなり不味くなる。その価格帯も100円を切ることはもはやないし、この銀カくらいの価格帯のを開き直って食ったほうが精神衛生に良く、結果的にコスパもいいと思う。毎日食うとかいうアホなことをしない限りは。

パウチに入ってるタイプで特に美味しいのはセブンイレブンの金のやつだと思う。しかし、なにしろ高い。これならもうちょっと足してメーヤウ(地元の有名カレー店)行ったほうがよくね? ってなる。なのでよっぽど財布の中が潤沢(給料日直後とか)で、かつ夜中に無性にカレーが食いたくなったとかでない限り選択肢に入れられない。あれをレトルトカレー標準と定めてしまったら破産してしまう。

なんにせよ本日は銀座気分を味わって満足しました。明日は、いや明日以降しばらくは茄子の焼いたのを食う。必ずだ。